ヨーロッパサイクリングの旅

商学部44年卒 夏目 剛

橋にもたれかかりながら…

関学商学部3年間を終え1年間休学し、ピアノのセールスのバイトでためた資金を元手に、ソ連経由、オーストリアのウイーンからポルトガルのリスボンの約4700キロのサイクリングをしました。その経験は、卒業後の人生の確かな指針となりました。「青春再び」とばかり、60歳を過ぎてから休日にサイクリングを再開、リタイアした後、年に数ヶ月に分けて、ドナウ川の源流から黒海を手始めに、ヨーロッパ各地、約10,000㌔をサイクリングしています。

ドナウ川サイクリング

夫婦の絆と人々の親切を実感した820キロの旅

ドナウ川サイクリング行程地図

出発まで

ドイツロマンティック街道の父娘サイクリングから戻って2週間、かねてから考えていたドナウ河の源流から黒海までの約2800キロの計画に着手しました。

準備に大わらわの中、妻が「私も行ってみようかな?」と。娘の話を聞いていて、妻も挑戦してみようと思ったのでしょう。還暦を迎え「何か記念になることをやってみたい。」とのこと。彼女にサイクリングの楽しさを知ってもらうことは大歓迎。すぐさま琵琶湖へにわか練習に連れ出しました。彼女はママチャリにもあまり乗ったことの無いまったくの初心者、心配がないでもないが私だって少しかじった程度。

さて、行程はドナウ川の源流とされているドイツのドナウエッシンゲンからルーマニアの黒海の河口の港湾都市、コンスタンチャ約2800kmの距離ですが、妻とは、サイクリング道路がよく整備されていて、安全そうな、オーストリアのリンツ、約820キロを約1か月かけて一緒に走ることにしました。

出国

6月8日午前10時、私達はルフトハンザ機で一路フランクフルトに向け、愛車と共に関西国際空港を飛び立ちました。夫婦二人の長期旅行に心は弾みます。仕事や子育てでそんなゆとりは全くなかったこれまでの30数年間を思うととても感慨深く、還暦を迎えた妻の記念すべき旅にしようと私の胸はふくらみました。

フランクフルト空港でシャトルバスを待つ間

自転車組み立て真っ最中

ドナウの源流へ

フランクフルト到着の翌日、快適なサイクリング日和の中、空港近くのホテルからフランクフルト中央駅までのマイン川添いの18キロの自転車道を、川沿いの美しい風景を堪能しながら、妻の練習を兼ね走りました。

駅前の駐輪場に止め、切符の購入や案内所での情報の収集等を終え夕方戻ってみると、なんとスピードメーターがなくなっていました。「盗難に気をつけろ」という警告だと思い改めて心を引き締めたのでした。

フランクフルトの街角

ドナウ源流の町に向かう車中

明けて6月10日13時20分、私たちを乗せた列車はドナウエッシンゲンに向けフランクフルト中央駅を出発、途中ローカル線に乗り換えて、到着は17時12分。

まず今回の旅のスタート地点である、フュルステンベルグ公の館の庭にあるドナウ川の源流とされている、「ドナウの泉」を訪れました。コンコンと水が湧き出ている泉の中には投げ入れられたコインがキラキラとまばゆく光っていました。

源流とされているドナウの泉

泉に中は、コインがキラキラ光っていました。

同好の士と旅は道づれ

6月11日、何組もの夫婦連れや賑やかなグループの中に交じって、いよいよドナウ川サイクリングの旅です。

天候が心配されましたが、昼ごろには晴れて大変爽やかな中を軽快に走ります。空気が乾燥してとても27度とは思えません。

初日のミュールハイムの夜、レストランでは、列車の中で知り合った、我々と同じくリンツ行くと言うチェコ人夫婦、朝同じホテルから出発したドイツ人達、さらに店の人達も加わってドイツ語と英語のちゃんぽんの会話で、賑やかに盛り上がりとても楽しい夕食会となりました。

道中、ほかのサイクリスト達とも後になったり先になったり、会話を楽しんだり、時には情報交換をしながら文字通りの「旅は道づれ」そして「世は情け」の旅となりました。

いよいよグループに交じってスタート

案内看板も完備しサポート体制も万全

ドナウ川もほんの数メートルの川幅

道を探していると、わざわざ自転車で先導して案内してくれた男性、マゴマゴしている我々に声をかけ親切に道を教えてくれた中年女性、YHへの予約の電話を貸してくれた女店員、部屋が満室だった時に他のホテルへ連絡して空き部屋を探してくれた女主人等、南ドイツの人々の旅行客に対する、とても温かい親切が身に滲みた旅でした。

2日目は土曜日、大勢の人がサイクリングを楽しんでおり、川からはカヌー下りの歓声が聞こえて来たりして大変賑やかです。

川面からはカヌーの歓声が

美しい風景に一休み

そんな中、下り坂の砂利道で妻が転倒したのです。ペットボトルの水で傷口を洗い持参の傷テープで何とか治療。サイドバッグが緩衝になり又ヘルメットや手袋も役に立って大事に至らず、心からほっとしました。

雨に降られて休養日

3日目からは天候が悪く雨の中のサイクリング。何組ものサイクリストに追い越されながらも、ケガをした妻を気づかって慎重に走りました。

ウルムのYHでは1日休みを取り、雨と泥で汚れた二人の衣服を2回も洗濯機を回してさっぱりすることが出来ました。

ウルム出発後も相変わらず天気は悪く、朝、霧雨から小雨、更に午後には本格的な雨に。雨の中の走行は体が冷えて大変でした。

雨中のサイクリングを続けること3日、ようやく1か月前娘と走ったロマンティック街道と交差する美しい街ドナウベルトに到着です。

ダイハツ頑張っています

雨中走行はとても疲れます

最初出発した頃はほんの数メートルの川幅の微笑ましい感じのドナウ川もここでベルニッツ川が合流して豊かな水量となり、穏やかで美しい風景を醸し出していました。さらに下流になると河幅も1キロをはるかに越した堂々たる流れに成長して、灌漑用水や工業用水、水運や観光船を始めとした観光資源など人々の暮らしや産業に大きな役割を果たしていると感じました。

古くは北から侵入する蛮族の防衛線だったり、十字軍やイスラム軍の遠征や覇権争いに重要な戦略的意義を担ってきたドナウ河、いわばキリスト文明とイスラム文明のせめぎ合いの歴史を、街や川沿いの遺跡、博物館や美術館などでそこかしこに見ることが出来、教科書からではとても理解できないドナウ圏の歴史を肌で感じることが出来ました。

フュッセン観光

ドナウベルトから程近いフュッセンの、有名な美しいノイシュバンシュタイン城を是非妻に見せたくて、荷物を預かってもらい、鉄道で出かけましたが、フュッセンもあいにくの雨でした。でもノイシュバンシュタイン城やホーエンシュワンガウ城は霧雨に覆われ、晴れの天候とは又一味違う、幻想的な雰囲気を味わうことができました。妻は、美しいお城の風景や泊まったペンションの心のこもったもてなしや、美しく盛り付けられた朝食に大感激。6週間も続いているという鬱陶しい天候でしたが、気持ちは一気に快晴になりました。バイエルンの人々の温かいもてなしに接して、雨の中を来たかいがあったと妻共々話合ったのでした。

遠くには雨にけぶるノイシュバンシュタイン城が

美しい朝食の盛り付けに思わず微笑む

中世の町レーゲンスブルグ

ようやく天候も回復し。多くの夫婦連れやグループと後になったり先になったり、声を掛け合いながら、サイクリングの再開です。

一面に実った広大なエンドウ畑や、ジャガイモ畑の薄紫の花、色づいた小麦畑等スケールが大きく美しい田園風景の中を颯爽と走るのはとても気持ちが良く、ついついスピードを出しすぎ、妻に叱られたのも一度や二度ではありませんでした。

漸く天気が回復

旅は道づれ

一面のジャガイモの花を見ながら

ご承知の通り、レーゲンスブルグはユネスコの世界遺産にも登録されている美しい街です。私達も到着後、さっそく街に出て歴史的な美しい建物を見物したり、土産物店を冷やかしたりして、街歩きを堪能しました。

歩き疲れて入ったレストランで頼んだピザは40センチ以上もある代物で驚きました。そのボリュームに「2枚頼まなくてよかったね」とはシェアーをしながらの妻の弁。

レーゲンスブルグのレストランで
40センチ以上もあるピザ

あまり好きでないピザにうんざり

翌朝、いざ出発の時になって、妻の自転車の後輪がパンクしていることがわかり、大慌てでホテルの作業場を借りて修理。しかしトラブルはこのパンク1回きりで幸運だったと思います。

とてもリーズナブルな宿泊費

とある小さな村の入り口で宿を探して村の案内看板を眺めていたら、中年の男性が近づいてきて、ペンションまで親切にも案内してくれました。

そこは新しくゆったりとした、感じの良い部屋で、朝食付きで2人45ユーロ(約5,400円、当時のレート)でとても安くおまけに翌朝には昼食用のパンやハムまで頂きました。又、夜の食事は向かいのガストホフで、シュニッツェルにサラダ、ビール3杯で自家栽培のイチゴをサービス、チップも入れて20€(約2,400円、同)でとても安く上がりました。

地方を走ると2人で100€(約12,000円、同)で充分おつりがでる経済的な旅が出来ました。加えて、ペンションでは、雨に汚れた上着なども洗濯してくれ、家族的な温かいもてなしを受け、心安らぐ旅を続けることが出来たのでした。

教会の鐘の音で目覚める素敵な部屋

出発時に宿のおかみさんと

パッサウで至福の時を

オーストリアの国境に近い町パッサウはイン川とイルツ川がドナウに合流する古くからの交易の要衝の街です。

私達もクルージング船で川面から美しい街の景色を堪能しました。しかし圧巻は聖シュテファン大聖堂で聞いたオルガンの演奏会でした。広い教会内に世界最大級のパイプオルガンから響き渡る重厚な音色、又時には柔らかく優しく語りかけてきて本当に心が癒され、このような旅行が出来る幸せをしみじみ噛み締めた一時でした。

クルージング船からの美しい眺め

遠く大聖堂を眺める

パッサウを出発してすぐ、オーストリアへ入国。パスポートは全く不要、ここが国境なのかなァと推測する位のあっけない国境通過です。ウイルヘリングからは交通の激しい一般道、妻を先に走行させ、私が後ろから見守りながら注意深く走り、6月28日昼過ぎとうとう目的地のリンツへ到着しました。

リンツ到着

リンツ町巡りは観光列車で

ドナウエッシンゲンからドナウ川沿いに765㌔、フランクフルトでの走行を加えて820㌔の距離。実際の走行日は17日、どちらの日頃の行いが悪いのか、そのうち6日は雨中のサイクリングでした。

妻は初めての長距離をよく頑張りました。途中転倒して膝をケガしましたが大事にはならず、日本では味わえない、素晴らしく感動的な、またちょっぴり冒険的な旅を、無事に走り終えた満足感でいっぱいでした。

この後、私の自転車と荷物はホテルに預け、鉄道でザルツブルグ、ミュンヘンと観光しながらフランクフルトへ戻りました。フランクフルトでは市内観光やライン川クルージングをして妻の旅の終盤を楽しみました。

モーツアルト生家前

懐かしいフランクフルト中央駅

ライン川クルージング

船上からの古城の眺めは素晴らしい

7月6日、楽しい思い出をいっぱい胸に詰め帰国する妻を空港見送り、私は再び黒海のサイクリングを続けるため、午後のウイーン行特急でリンツへの車中の人となりました。

文、写真:商学部44年卒 夏目 剛