この人がこのような事を・あのひとがね~・ふーん。たいしたもんやな~ 
この人・あの人をテーマにした新企画を連載いたします。
初回は中山氏の「菊」,引き続きS.U氏、S.S氏、T.A 氏とそれぞれ予定しています。
『この人』と思われる人がありましたら自薦、他薦 いずれでも結構です。WEB委員までご連絡ください。
    第1回は 中山 逸雄 さん (S36年商学部卒)
      テーマは『私の菊作り人生』です。
中山 逸雄  (S36 商学部卒)



           
 
菊薫る頃と言いますが本当に秋という感じがいたします。私は8年前にご近所の方々と菊を作ってみようと東上牧菊花同好会に入会し、会員の先輩の方々に教えていただき、苗をいただいて菊の勉強をしてまいりました。

菊は奥の深い植物で多年草(1年で枯れるが根が残る)で翌年また新しい芽を出します。花が終わっても来年のために準備します。春には差し芽、そして移植を繰り返し肥料と消毒(虫と病気を防ぐため)の繰り返し、夏は水と肥料と消毒の毎日です。

花が咲く前には輪台付け、高さの調整、植え替え等1年中作業に次ぐ作業を繰り返し行い、10月末~11月にかけて開花を迎えます。

同好会では昨年10月下旬、第8回の菊花展示会を公園を借りて実施、大菊3本立て、懸崖、福助、木付懸崖、小菊盆栽、小品盆栽、嵯峨菊など360点余を展示しています。会員は20名ですが毎月一回例会をもって研修を行っています。私も60鉢程出品しました。

また家の前に3本立て、懸崖、福助、盆栽菊、嵯峨菊、そして一般の野菊などを飾っています。今年は3本立15鉢、懸崖2鉢福助30鉢、盆栽50鉢、嵯峨菊30鉢、木付盆栽10鉢程を完成しました。また公園にも白い野菊を50本程咲かせました。今は子供から大人まで多くの人に見ていただき感謝しています。協力してくれる妻に感謝し来年も頑張るつもりでおります。
 
菊花展 (2008.10)

菊花展にて   中山氏

菊作り
菊作りは難しいという言葉をよく耳にします。どんな植物でも愛情を持って接するということは云うまでもありませんが、菊は特に家族同様の愛情を必要とする植物です。

しかし難しいものではありません。菊作りは花を見る楽しみとともに、花を咲かせるまでの苦労がなお楽しいものです。丹精込めて、と言いますが菊はまさしくそれに応じてくれる花です。一度作ればまた来年もやりたくなる植物でその深みにはまると奥の深い植物です。気候、風土により左右され、また品種とか作り方といろいろ栽培方法により楽しめる魅力ある植物です。

まず菊作りの色々の仕立て方をご紹介しますと
1.3本仕立て 現在最も多く作られている大菊の標準的な仕立て方です。
シンプルな仕立て方ですが見飽きない安定的な美しさが魅力です。また壇組みなど上級のものもあり、花の種類も大変多く楽しい菊作りの一つといえます。
2.7本仕立て 数立ての仕立て方の中では標準となっているものが7本立てです。
2回摘芯し、7本に分枝させたもので豪華さが魅力。
3.だるま作り 名前のように草丈が短く、横広がりでどっしりとした豪華さを見せる仕立てす(鉢底から花首までが60cm以下が基準)
4.福助作り 小さな5号鉢に鉢底から花首まで40cm以下で大きな葉をつけ、鉢より大きな花を咲かせるのが福助作りです。ベランダなどの狭いスペースでも手軽に栽培できるので人気があります。
5.小菊の懸崖仕立て 菊花展でひときわ目立つのが豪華な小菊懸崖仕立てです。懸崖には前垂れ型と文人風仕立ての静岡型などがあります。
6.小菊の盆栽仕立て 小菊を盆栽風に仕立てたものが「小菊盆栽」です。直幹模様木、石付け、寄せ植え、筏吹き、小品などの樹形作りが楽しめます。

その他菊作りはいろいろと花の種類によって違ってきますが、たとえば日本三大菊と言われる肥後菊、伊勢菊、嵯峨菊が有名ですが、嵯峨菊のように京都大覚寺に毎年展示されている嵯峨菊は七五三に花を咲かせるとか、花によって独自の咲かせかたとか色々と楽しめます。 
   
 大菊3本立

 
 ダルマ作り

福助作り

   
小菊の懸崖作り

小菊の盆栽仕立
       
    
 
中山邸の嵯峨菊
中山さんの庭は
 さながら「菊花展第2会場」の 
ようだった
                  
菊の原産地は中国で、3000年以上の歴史がある。日本へは奈良時代中期に遣唐使などによって、薬用植物(解熱、頭痛、めまい、長寿など)として入ってきたといわれている。(中略)
一般に菊栽培がひろがったのは、江戸中期の18世紀に入ってからで大菊の新菊を競う「菊合わせ」が盛んになった頃からである。入賞すると新花の苗1本が3両にもなったため、一攫千金と名誉をかけて一般愛好家が交配実生に熱中し次々と優れた品種が誕生した。各地で地域独特の菊が育成されたのもその頃で、東京の江戸菊、岐阜の美濃菊、東北の奥州菊、三重の伊勢菊、京都の嵯峨菊、熊本の肥後菊などが現在も古典菊として昔の地名で呼ばれ栽培されている。またその頃江戸の植木屋が菊で富士山や菊人形を作り始め、大変な人気を博した。
明治20年代には各地で菊花会ができ、大菊3本立てが流行し,その華を競い始めた。懸崖や盆栽は大正初めに流行し、以後広く作られるようになった。
日本で大きく発展した菊は、明治以降、世界各地に運ばれ、品種改良がなされた。オランダではスプレー菊、アメリカでは鉢花用のポットマムが発達した。これらは日本に里帰りし、さらに改良が進んでいる。近年は「国際菊花会議]が各国持ちまわりで開催されており、お国柄を反映した改良品種や飾り付け方など、熱心に情報交換がなされており、菊は国際的な花として発展している。
 (図解菊作りコツのコツ 村上遙著 農文協刊 より引用)
写真・構成 石川 宏

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